91%OFF 遊戯王OCGデュエルモンスターズ ストラクチャーデッキ 最大85%オフ! 宝玉の伝説

遊戯王OCGデュエルモンスターズ ストラクチャーデッキ 宝玉の伝説

750円 遊戯王OCGデュエルモンスターズ ストラクチャーデッキ 宝玉の伝説 ゲーム、おもちゃ トレーディングカード 【91%OFF!】 遊戯王OCGデュエルモンスターズ ストラクチャーデッキ 宝玉の伝説 incredibleartists.co.uk,750円,遊戯王OCGデュエルモンスターズ,/clamber1152518.html,宝玉の伝説,ストラクチャーデッキ,ゲーム、おもちゃ , トレーディングカード incredibleartists.co.uk,750円,遊戯王OCGデュエルモンスターズ,/clamber1152518.html,宝玉の伝説,ストラクチャーデッキ,ゲーム、おもちゃ , トレーディングカード 750円 遊戯王OCGデュエルモンスターズ ストラクチャーデッキ 宝玉の伝説 ゲーム、おもちゃ トレーディングカード 【91%OFF!】 遊戯王OCGデュエルモンスターズ ストラクチャーデッキ 宝玉の伝説

750円

遊戯王OCGデュエルモンスターズ ストラクチャーデッキ 宝玉の伝説

商品紹介
『遊☆戯☆王デュエルモンスターズGX』に登場する『ヨハン・アンデルセン』が使う宝玉獣の構築済みデッキが登場!
『宝玉獣』と『究極宝玉神 レインボー・ドラゴン』を主軸に、新たなエースモンスターや魔法・罠カードで現環境でも楽しめる内容です。
今作の特典カードには、『ヨハン』をデザインしたトークンカードを収録し、アニメ『遊☆戯☆王デュエルモンスターズGX』を想起させる一体感のある商品になっております。
デッキ強化パックを同梱し、強化パックのカードを使ったデッキ強化もお楽しみいただけます。
デッキ強化パックのウルトラレア仕様およびスーパーレア仕様のカードにはシークレットレア仕様も存在します。

■商品内容
・構築済みデッキ:1個
・デッキ強化パック(仮):1パック
・特典カード:4枚
・特製デュエルフィールド(1人分)/プレイングガイド:1枚
(構築済みデッキ/ノーマルパラレル仕様9枚を収録)
(デッキ強化パック/ウルトラレア仕様1枚・スーパーレア仕様4枚を収録)
 ※デッキ強化パックのカード5種にはシークレットレア仕様も存在します。
(特典カード/ウルトラレアパラレル仕様1枚・スーパーレア仕様2枚・ノーマル仕様1枚を収録)

]

遊戯王OCGデュエルモンスターズ ストラクチャーデッキ 宝玉の伝説

2021年10月 4日 (月)

エットレ・バスティアニーニ協会の年次大会

エットレ・バスティアニーニ協会の年次大会に出席した(フィレンツェ、フィレンツェ5月祭劇場、フォアイエ、2021年9月18日)。会のタイトルは「フィレンツェにおけるエットレ・バスティアニーニの輝かしい歳月」。

このご時世なので、劇場に入る時にはグリーンパスとパスポートを見せる。入り口に消毒液も用意されている。フィレンツェでオペラと言えば、もっとも古いのはペルゴラ劇場で、今は演劇に使われ、時々、バロック・オペラに使用されているようだ。バスティアニーニが活躍した1950年代、60年代はテアトロ・コムナーレで歌っており、それはつい最近2014年ごろまで使用されていた。

今回の会場は、新しい劇場で、二階のフォアイエが協会の年次大会の会場だった。

エットレ・バスティアニーニは、1922年シエナ生まれのバリトン歌手である。最初は、バス歌手としてデビューしたのだが、バリトンに転向し、スカラ座やウィーン、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場(これも現役のではなくて、彼が歌ったのは前の劇場)で大活躍をしたヴェルディ・バリトンである。しかしキャリアの絶頂で、咽頭癌に冒され、声を保つことを優先し摘出手術はせず、1967年に44歳の若さで亡くなった。彼の演奏は、ロンドンやドイツ・グラモフォンのほかかなり多くの海賊版(ライブ演奏)が残されている。日本では、東京文化会館で《イル・トロヴァトーレ》のルーナ伯爵をデ・ファブリティースの指揮で歌い、翌々年には単独来日し、リサイタルを各地で開き、レコードも岩城宏之の指揮及び三浦洋一のピアノで残している。

彼の声は鋼の強さとヴェルヴェットの柔らかさを持つと言われ、曲想によって全く異なる声の色を使い分けていた。彼はヴェルディを深く尊敬し、日本に来た時も、小さな肖像画を携帯していたと言うエピソードは有名である。

さて当日の会は、フィレンツェ五月祭の文化推進担当ジョヴァンニ・ヴィターリ氏の司会でミニ・シンポジウムの形で進行した。

ヴィターリ氏は、司会役を兼ねていたが、基調講演に相当するスピーチで、バスティアニーニのキャリア、とくにバスからバリトンに転向してからのキャリアの最も重要な一歩が、フィレンツェでロシア・オペラを歌ったことだと紹介した。バスティアニーニは1952年にチャイコフスキーの《スペードの女王》(イタリア初演だという)、プロコフィエフの《戦争と平和》、そしてチャイコフスキーの《マゼッパ》を歌っている。《スペードの女王》は、チャイコフスキーがフィレンツェ滞在中に執筆した作品であり、まさにフィレンツェと縁が深い。この時の指揮はロジンスキーで、ユリナッチとの共演であった。

続いてヴァレリオ・パーネ氏(音楽評論家、オペラ演出家)がそのロシア・オペラでのバスティアニーニのデビューの意義について論じた。1952年の《スペードの女王》でバスティアニーニはイェレンスキー役を歌ったが、声だけでなく解釈が成熟しており、かつモダンな歌唱であった。この時の演出は、タティアーナ・パヴロヴァで、彼女は革命でロシアを逃れイタリアで演劇界にはいり、演出家が劇全体のコンセプトを統一していくやり方をイタリア演劇に導入したと言われているが、この《スペードの女王》ではじめてオペラ演出をてがけ、バスティアニーニはその指導を受け、大きな影響を受けたと言われている。この時期に、ロシア・オペラが3作続けて上演されているのは、当時フィレンツェ5月祭の芸術監督だったフランチェスコ・シチリアーニによる選択だそうだ。

 レコード録音では1957年にポンキエッリの《ジョコンダ》(バルナバ)や《カヴァレリア・ルスティカーナ》を録音している。かと思えば、バスティアニーニはベルカントものも上演、録音しており、パイジェッロおよびロッシーニの《セビリアの理髪師》はどちらも歌っている。

 ここでフィレンツェの副市長(女性)マリア・フェデリカ・ジュリアーニ氏の挨拶があった。この日はG20(農業大臣)がフィレンツェで開催されており、かつ4つのデモもあって、市長が来る予定が来られなくなったとのことであった。

 フィレンツェ市は、フィレンツェ五月祭を推進するとともに、過去の五月祭で活躍した人々の業績を振り返ることも並行してやっていくとのことであった。

 次の報告者はピエロ・ミオーリ氏でこの人はボローニャのコンセルバトリオの教授で、バスティアニーニ協会の大会に何度も参加している。彼はバスティアニーニのヴェルディ歌唱について述べたのだが、前提条件ともなるところについて2つのことを指摘した。1つは、最近はヴェルディの作品のクリティカル・エディション(批評校訂版)が出来て、細かく表情記号が書いてあったりするが、1950年代、60年代に劇場で使用されていた版を見ると、クリティカル・エディションにpまたはpp と書いてあるところに何にも書かれていないことがよくあるという。だから、1950年代、60年代の歌手が楽譜を無視していたのではなくて、エディション自体が違っていたということなのである。また、もう一つのエピソードは、演奏者の自由についてだ。1866年にパリで《ドン・カルロス》が上演されそれほどの大好評でもなく、イタリア語版を作ってボローニャで上演した際には大好評であった。その時にアントニオ・コトーニというバリトンがロドリーゴを歌った。コトーニは後に教師となってジッリやティタ・ルッフォなど錚錚たる人に教えた。彼が 'per me giunto' の部分の舞台稽古をしている時に、ヴェルディが僕はそうは書いていないよ、というと、コトーニはでもマエストロ、舞台ではこう歌ったほうが良いと思いますが、というと、ヴェルディは、その通りだね、今回は君が正しい、と言ったというのである。作曲家が書いた楽譜は尊重せねばならないことは言うまでもないのだが、一定の解釈の自由がある、というのがミオーリ教授の主張である。バスティアニーニの場合、当時の版に書いてあることは、非常に細かいところまで数学的なまでに忠実にバスティアニーニは歌っているという。三連符やトリル、装飾音など非常に忠実であるというのだ。

 そのうえでさらに、言葉の問題を指摘していた。言葉が大事だと言うのは誰でも言うのだが、単語レベルではなく、フレーズのレベルで、前の単語が次ぎの単語に、さらにその次の単語につながっていくときに影響を及ぼすのだが、それをフレーズとして歌うことにバスティアニーニやカラスは優れていた。フレーズの中で、音程が上がっても下がっても音色が変わらない。高音に関しては、i や u で高い音を歌うのはつらいので、カラスの場合、《Pirata》で tenebre oscura という原文を tenebre fonda に変えていたという。

  最後はアレッサンドロ・モルミーレ氏で彼は音楽評論家である。バスティアニーニの同時代の批評家のロドルフォ・チェレッティがなぜバスティアニーニの歌唱に批判的であったかを解説してくれた。チェレッティは19世紀以来の伝統的な歌唱法をよしとしていたので、バスティアニーニのヴェリズモ的でかつモダンな歌唱を評価することができなかったのである。だからチェレッティは、1950年代半ばにフィレンツェで録音されたドニゼッティの《ファヴォリータ》(アルフォンソ11世、シミオナートと共演、指揮エレーデ)、《リゴレット》(タイトルロール、指揮ガヴァッツェーニ)のどちらも手厳しい批判をすることしか出来なかったのである。

 歌い方は時代とともに変化する。しかし、過去の歌手がモデル、規範になることはあるわけで、ルカ・サルシなどはバスティアニーニへの敬愛を公言している。

 ごくごくかいつまんで報告を要約した。このかいつまんだ要約からも、これが単なるファンクラブの集まりというものとは質を異にすることがお分かりいただけよう。しかも会員はむしろ音楽を専門とするのではない人がほとんどなのである。イタリアのオペラ愛好者の裾野の広がりと、愛好するという時にたんに好き、嫌いというだけでなく、きちんと論じて、歴史的に位置づけていくという意志の強さを感じる。

 来年は、バスティアニーニ生誕100年の記念すべき年である。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2021年9月20日 (月)

コロナ時代のキス

コロナ時代のキスを目撃した。コロナ時代のキスという言い方も妙なものだが、これまでに目撃したことのなかったものなので、とりあえずこう呼んでおこう。一度はインスブルックで、オペラを観るために劇場に行った時。幕が上がる20分ほど前だったろうか、漠然と前方、舞台の方向を見ていると、60歳前後のカップルがやってきて座ったのだが、女性がいきなりマスクを下げて男性にキスをし、またマスクをつけた。劇場の客席であったし、わざわざマスクを下げて、キスをするという能動性が衝撃的であり感動的でもあった。彼らがどこから見ても若者でないことも。それでも家またはホテルに帰るまで我慢できない、と言うことなんでしょうね。

もう一つ。フィレンツェには近年トラム(路面電車)ができた。市の中心部と空港を往来する市電である。そこに2人の10代とおぼしき若者が座っていたのだが、トラムに乗る時は誰もがマスクをしている。彼・彼女もちゃんとマスクをして何か熱心に話していた。男の子がマスクをしたまま、女の子のマスクにキスをした。これは定義によってはキスと言えるのかどうか微妙だ。触れ合っているのは、彼のマスクと彼女のマスクであり、二人とも唇は出ていない。しかし気持ちから言えば彼・彼女はキスをしているのだと思った。それから数分後彼はまた同じ行為を繰り返した。彼女もそれに応えていた。

個人差があることは認めた上で言うのだが、日本人よりドイツ人、さらにイタリア人はボディ・ラングエッジを日常的に使う、いや使っていた。それがコロナで自由に使えなくなった不自由さは僕ら以上に痛切なものがあるのだと思う。だからマスクをつけている、つけることが求められる空間で、そのルールを突き抜けて愛の表現が新たに生まれている、そこに新鮮な驚きを感じた。

 

| | コメント (0)

《カルロ・イル・カルヴォ》その3

ポルポラ作曲のオペラ《カルロ・イル・カルヴォ》について補っておきたいこと(バイロイト、辺境伯劇場)。

《カルロ・イル・カルヴォ》は昨年及び今年の上演で音楽的に極めて聞きごたえがあるものであることは、全てのオペラ・セリアに興味ある人の耳に明らかになったと思うが、ツェンチッチの演出は考えぬかれ、それがままあるように音楽とは無関係にリブレットの字面から思いついたという次元のものではなく、音楽と歌唱の表現と演出が抜き差しならぬ関係になっている部分がある。

 ツェンチッチの演出の場合、もっとも演劇的にやりがいのある役はアスプランドだろう。アスプランドは冒頭からロッターリオの意を受けて政治工作をするのだが、相当な策士で色仕掛けを次々にするジュディッタをも信用させてしまう。すっかりロッターリオの側の人間かというと、ロッターリオに自分からキスをしてこれまた彼を夢中にさせる。ロッターリオとアスプランドが睦あう様子を、ロッターリオの妻(モック)が見てしまう。これがツェンチッチ演出の1つのポイントで、大詰めに近いところで、妻がアスプランドを射殺する。ロッターリオは駆け寄り、アスプランドを抱きかかえ嘆く。そして改心するのだ。原作ではロッターリオは、息子アダルジーゾ(ファジョーリ)がカルロを助け、「無実の者は天が助けるのです」などと言うのを聞いて改心するのだが、それでは空々しいと演出家は考えたのだろう。今回の上演では、愛するアスプランドが死んでしまって現世のはかなさを思い知ったロッターリオが改心すると言う仕掛けになっている。原作の方がはるかに美徳の勝利という色合いが強いわけだ。

ツェンチッチは、そもそも時代を中世から1930年代のキューバに移し、多少のオリエンタリズムを匂わせながらも、より卑近な物語に仕立てていると言えよう。

そう言った枠組みの中でファジョーリ演じるアダルジーゾはどう描かれているか。アダルジーゾは、ここでカルロを殺してしまえば(見殺しにすれば)王位が自分に確実に回ってくるという場面が複数回あるのだが、いずれも何の迷いもなくカルロを助けて、こんなことで王位をもらっても恥ずかしいだけではないか、と父ロッターリオを説教する人物だ。ある意味では徳の高い人物だが、ある意味では全く権力闘争を理解しないナイーブな人物である。権力闘争に邁進する父との関係がうまくいくはずはなく、彼はある種の適応障害を起こした人物として描かれているし、だから一幕の退場アリアでも過呼吸に苦しんでいる。最初に見た時には、ファジョーリの演技がずいぶんぎごちない感じがしたのだが、よくよく見れば、人生や周りの人々の過剰にアグレッシブな生き方についていけない人物として造形されているから、ぎごちないのが当然の帰結なのだ。また、このオペラでは第三幕4場で奇跡のようにロマンティックな愛の二重唱がある。アダルジーゾとジルディッぺ、つまりファジョーリとレジネバの権力闘争からは隔絶された愛の二重唱である。ロマン主義を100年先取りしてこの甘美なドゥエットが成立したのにはいくつかの条件がある。第一はそれに相応しい音楽をポルポラが書くことができ、それを現代に蘇らせることのできる歌手と指揮者とオケがいたこと。第二は、台本に関わることで言えば、アダルジーゾが権力闘争に対してアレルギーを起こしている適応障害的人物であること。それに加えて第三には、アダルジーゾはこの場面の冒頭で囚われの身で、それをジルディッぺがやってきて解放するというストーリーなのだ。主要登場人物が囚われの身というのは、バロック・オペラには実によく出てくるシチュエーションだ。ヴィンチの《アルタセルセ》もそうである。外界から隔絶された状況だから、ふとその時代を超えた理屈がそこでは生きる。しかしそれは一瞬の夢のような空間・瞬間だ。他の者がなだれこんで来ると壊れてしまう。ある意味では特権的勘違いの空間・瞬間なのだが、ロマン主義が蔓延ると、この勘違いが世を覆い尽くしてしまうわけである。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2021年9月14日 (火)

ポルポラ作曲《ポリフェーモ》その2

ポルポラ作曲《ポリフェーモ》を観た(バイロイト、辺境伯劇場)。

《ポリフェーモ》の上演2日目であるが、これが今年のフェスティヴァルの最終演目でもある。昨日のファジョーリのガラコンサートで帰ってしまった人、グループもいたが、この日の上演も大変質が高かった。ポルポラの音楽は、《カルロ・イル・カルヴォ》もそうであったが、主役以外にも聴き応えのある曲があって、それはちょっと聴くと地味なのである。繰り返し聞くと味わい深くなってくる。

 ポリフェーモに与えられたアリアなどはオケがトゥッティの連続で独特の響き、味わいを出している。一方、アーチの 'alto Giove' や続くアジリタの続くアリアを聴くと、ファリネッリはどんな風に歌ったのかと思わずにはいられない。

  

 

 

 

 

| | コメント (0)

フランコ・ファジョーリのリサイタル

フランコ・ファジョーリの《ヴィンチ・ガラ》と題するリサイタルを聴いた(バイロイト、辺境伯劇場)。

現在、視聴可能です。https://www.bayreuthbaroque.de/events/franco-fagioli-de/?fbclid=IwAR26Mh9K9SFT1gp83ep0F1iwoOTru_kOZhDpLCwgKOnQ1u4rB1wbJLPLh0k

ポルポラのライバルだったオペラ作曲家レオナルド・ヴィンチのアリアをファジョーリの歌、ペトルーの指揮アルモニア・アテネアの伴奏で聴く一夜だった。間にヴィンチのオペラのシンフォニアや、ヘンデルのコンチェルト・グロッソが挟まれていた。

ヴィンチのアリア集は、ファジョーリがポモドーロと一緒にCDを出しているが、それとは別の響きがする。一言で言えば、ポモドーロの伴奏のほうが流麗で歌ともピタッと合わせてくる。一方、ペトルーの場合は、音楽を立体的・構築的に築いてくるので、アクセントをつける瞬間にエネルギーが炸裂したり、そこに向かってエネルギーが蓄積していく様が見えるという醍醐味がある。

アリアの出だしのタイミングなどはポモドーロの方が見事に合う。これだけ違うタイプの演奏であることで、ヴィンチの音楽の可能性が拡大されて見えてくるとも言えるだろう。

曲目は最初が《セミラーミデ・リコノシュータ》のシンフォニア。次が《ジスモンド》のアリア'Quell'usignolo ch'e' innamorato'

《アルタセルセ》のアリア’Fra cento affanni e cento' ここでヘンデルのコンチェルト・グロッソop3 No1 HWV312. ヘンデルのコンチェルト・グロッソはオペラと比してやや間延びした演奏が多いのだが、ペトルーの演奏は退屈するところがまったくない。歌わせるところはたっぷり歌わせ、進むべきところは脇目も振らずに進む、といった感じか。

 次が《シロエ》のアリア’Gelido in ogni vena' これなどはポモドーロの伴奏とペトルーが相当に違っているので聞き比べると面白いだろう(コンサートの方は現在、配信されているので視聴が可能、上記のサイトをご覧ください)。前半最後が《セミラーミデ・リコノシュータ》のアリア’In braccio a mille furie'

後半は《Medo》のアリア'Sento due fiamme in petto'  《Gismondo》のアリア’Nave altera'

再びヘンデルのコンチェルト・グロッソ op.3 No2, HWV 313.  続いて《Catone in Utica》のアリア'Quell'amor che poco accende',

《Artaserse》のシンフォニア、ついで 'Vo solcando un mar crudele' この曲はやはりファジョーリのイコン的アリアだが、テンポは遅めなのだが歌うのは難しそうだ。この曲で締めたあとは、アンコールでヘンデルのアリアを二曲歌い、もう一度この 'Vo solcando' を短いバージョンで歌い演奏会を閉じた。

今更ではあるが、ファジョーリが特別なカウンターテナーであることを感じる。アリアの一曲、一曲の彫琢の確かさ、テンポもオケに引きずられたり、リタルダンドで遅くなりっぱなしなどということは決してない。いや、何よりヴィンチの曲の特徴でもあるがアジリタを聴かせつつ叙情性が高まっていく切迫感をこれほど聴かせる演奏はちょっと他には想像しにくい。だから装飾音をふくめて彼は一音一音の音色までコントロールしようとしているし、ほぼそれに成功しているのは驚異的なことだ。

 

 

 

| | コメント (0)

2021年9月11日 (土)

オルリンスキー、リサイタル

オルリンスキーのリサイタルを聴いた(バイロイト、辺境伯劇場)

《Anima aeterna》(永遠の魂)と題されたリサイタルを聴いた。オルリンスキー自身が時々司会をするのは、先月のオーストリア、インスブルックでの演奏回と同じなのだが、曲目がまったく違うのは立派。本人によると、Anima aeterna と題するCDを録音したところで、その中には世界初録音がいくつもあるので、今日皆さんは、世界で初めて聞く曲がいくつもあります、と言っていた。

作曲家はJanez Krstnik Dolar (1620頃ー1673)、Georg Reutter der Jungere (1708-1772), Antonio Lotti (1667-1740), Francesco Bartolomeo Conti (1681-1732), Francisco Antonio de Almeida (1702-1755), Gaetano Maria Schiassi (1698-1754), Baldassare Galuppi (1706-1785), Bartolomeo Nucci (1695-1779). 17世紀から18世紀前半の様々な作曲家の器楽曲(Dolar, Galuppi) と宗教的歌曲を集めたもので、スローなテンポなものと早めのテンポのものをほぼ交互に歌っていた。

オーケストラはポモドーロなのだが、インスブルックの時とコンサートミストレスとチェロが違うのに気がついた。インスブルックのプログラムにはZefira Valovaの名前が音楽監督として明記されており彼女が音楽をリードしていく部分があり、それに呼応してチェロやコントラバスも時に積極的なリズムを刻んでいた。ほんの零点何秒かそれ以下の違いでも、通奏低音が前に出たりするとリズムの動きとしておっという感じになるし、適切な場合には音楽が活性化する。インスブルックではミナージ(指揮者のミナージの弟)がチェロだったが当日は違う男性であった。またZefira Valova もいなかった。あとである方に教えていただいたのだが、Valovaとミナージは夫婦なんだそうである。知らなかった。それはともかく、この二人がいるときといない時ではポモドーロのサウンドが異なっていて、一言で言えばアンサンブルは例によってピタっと合っているのだが、大人しい控えめな伴奏になっていて、自分から仕掛けるという場面が少なくなっているのだった。ずっと古楽の高いレベルの演奏を聴いているとわれながら途方もなく贅沢な耳になっていると思う。スポーツでもオリンピックやワールドカップなどを見続けていると、高いレベルの技に見慣れてしまうのと似ているかもしれない。自分が出来る出来ないはまったく無関係である。しかし、見慣れれば、こちらの選手の方が上手いとわかってしまうわけで、逆に言えばそういう面がなかったらその競技をする人しか楽しめないということになって観客層はとても狭いものになってしまうだろう。

音楽も同様で、一つか二つの楽器をやった経験はある人が多いと思うし、まあ自分の習った楽器の方が技量の細かいところまで判るということはあるけれど、オーケストラのすべての楽器を習い、声楽、指揮、演出をやり、リブレットも書いたことがある、などという人はごくごく稀に違いない。しかしそうでなくても楽しめるからこそのオペラであり、コンサートであり、リサイタルなのだとも思う。

後半はヴィヴァルディの Beatus Vir (Psalm112) RV795 これなどは、宗教曲なのだが、結構アジリタを聴かせる部分がある。Giuseppe Antonio Brescianello (1690-1758)の Ciaccona a 6 in A-Dur 器楽曲。Johan Joseph Fux (1660頃ー1741)、Davide Perez (1711-1778)で最後はヘンデルの Amen, Alleluia. Antiphon in d-Moll HWV269. 

アンコールでは前半のSchiassi のMaria Vergine al Calvario 'A che si serbano'を歌った。

オルリンスキーはデビュー当時はともかく最近は、17世紀のものや宗教曲に傾斜しているように見える。たしかに比較的ビブラートが少なく、ドラマティックというよりはリリカルな声質にあっているのかもしれない。ないものねだりで言えば、音程が少しあやふやなところがパッセージ途中に時々みられるのだった。

しかし宗教曲がかび臭いものではなくて、同時代のオペラと同様の語り口を持っていて、結構スイングしたりノレる音楽であることを示しているのは素晴らしいことだと思う。これもまた、17世紀、18世紀の音楽に対するわれわれの認識をポジティブに上書き更新してくれる営みだ。

 

山形銘菓 蔵王の森 あたりめ豆 3袋セット でん六 (東北 山形 お土産 お菓子 銘菓)
パワープロダクション グリコ エキストラ アミノ アシッド 77.6g ( 標準200粒 ) +lt7+ - 定形外送料無料 -wp
ワイヤレスチャイム コードレスチャイム 業務用 呼び出し 子機 1個 白/黒 選べる 単品 あすつく対応
MEDIHEAL(メディヒール) ビタライトビームエッセンシャルマスクEX 24ml × 10枚【メール便は使えません】
デリシャスパーティプリキュア(デパプリ)ちっちゃきせかえ(ミニ着せ替え遊び)(6564330Z)
人間の体内のミネラルにとても近く ヒマラヤで削りだした岩塩を国内で丁寧に選別しながら製品化しています 長期的にみると何度も角質がガチガチになるのを防いでくれます 遊戯王OCGデュエルモンスターズ 山の中に圧縮されたもので 最高級で浄化力の高い岩塩で もあります ストラクチャーデッキ ヒマラヤ岩塩ブロックでかかとのケア 無理やり削るのではないので ひび割れケア 海水が地殻の変動で海水が大陸の中に閉じ込められ 浄化グッズとしても かかとケア 汚染を受けていない数億年前の岩塩のミネラルを体いっぱいで感じてみてください タオルの上から腰に当てたり冷えている部分の温熱ケアをしている方も ブロックをオーブンレンジで温めて 浄化 軽石 素足に自信 岩塩は約2億年前 乾燥肌 600円 マイナスイオンを発生する岩塩でゆっくりあたまってみるのもいいですね 元に戻そうとする力 ブロックを温めてタオルの上から温熱ケア 優れた酸化還元力 ヒマラヤ岩塩 ミネラルを豊富に含んでいます 浄化グッズとして使っている人も 岩塩ブロック 角質ケア 溜まった汚れや不要物を排出してくれます 火傷には注意してくださいね 宝玉の伝説 水にぬらすとイオン化した液体となり 負担をかけずに落とす ストレス社会に生きる毎日に心と身体のリセット時間を設けましょう ミネラルがとても豊富 角質除去 黒ずみ
金庫 耐火 防水 家庭用 耐火金庫 25L A4ファイル 対応 幅37cm×奥行48.5cm×高さ43cm 棚付き 小型 中型 家庭用金庫 耐水 頑丈 ダイヤルロック
または積みたくない荷物を積むのに最適です ご注意ください あすつく トラックパックバッグは35インチサイズまでの背面タイヤに装着できるように設計されており 4×4 帰りはゴミを入れて持ち帰る事も可能です 工夫次第でリアラダーやヒッチキャリアなどにもお使い頂けます 宝玉の伝説 トラックパック 背面タイヤ装着用バッグ 5005円 キャンプの際には 遊戯王OCGデュエルモンスターズ ACCESSORIES 4305 背面タイヤに装着する事を想定していますが ストラクチャーデッキ 泥で汚れたアイテムを入れたり 発送などの業務対応はできません ウェットスーツなどの濡れる物を車内に入れる事無く収納可能です 例えば海へ遊びに行く際には 往路では薪を入れ お届け先が また 定休日について 月曜日の10:00以降のご注文は水曜日より順次対応いたしますのでお待ちください 水着 ARB --------------------------------------------------------------------------■ ----------- エリアでも配達時間指定されますと翌々日の配達になる場合がございますので あすつくについて ---------------------------------------------------------------------------- オフロードに出掛ける際は 車内に積みきれない ACCESSORIESARB 毎週火曜日は定休日につき
美容液 セラミド美容液・30ml ヒト型 セラミド 高配合 保湿 うるおい 透明感 しっとり 送料無料
ワンタッチ エクステ 325円 サイドありランス風 素 材 空気感 小顔 空気感のあるエアリーバングで女の子の可愛さを強調 ふんわり ストラクチャーデッキ 薄く可愛い 宝玉の伝説 レディース 遊戯王OCGデュエルモンスターズ 軽く 超薄型 :約11cm爽やかでスッキリとした印象の前髪ウィッグは万人受けするアレンジスタイル つけ毛 ポイントウィッグ ウィッグ前髪 ふんわりした前髪で女性らしい美髪スタイルに簡単に装着出来るので短時間でイメチェン可能 :100%人毛サイズ
【条件付+10%相当】子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から/ブレイディみかこ【条件はお店TOPで】
990円 レ 5 紙書籍の購入代金が10%相当戻ってくる 31まで 高音で ※付与上限 条件はお店TOPで メンタルコンセプトを用いた3ステップの訓練で地声と裏声の境界がなくなり ゴルジャメソード入門 タケダ ミの柔らかい地声を獲得する ステップ2 宝玉の伝説 遊戯王OCGデュエルモンスターズ 支えのある裏声を出す 3つの音 ミュージック たけだ ミの純粋な裏声 ※本データはこの商品が発売された時点の情報です 条件付 条件はお店TOPのバナーよりご確認ください著:武田梵声出版社:日本実業出版社発行年月:2021年06月キーワード:音楽 シ 力強く美しい発声ができる ごるじやめそーどにゆうもんみつつのおとだけ ストラクチャーデッキ キャンペーン実施中 武田梵声 ボンジヨウ武田梵声日本実業出版社ステップ1 だけで最高の声になるボイストレーニング ぼんじよう ゴルジヤメソードニユウモンミツツノオトダケ 10%相当 ミの支えのある裏声と柔らかい地声を融合する ステップ3
あすなろファーミング あすなろ牛乳 1000ml 【冷蔵】
日 日本 遊戯王OCGデュエルモンスターズ 祝祭日は除く 500mg コラーゲン:100mg えび アクティブな生活を応援します 炭水化物:2.87g 子供の手の届かない所に保管してください 明治薬品 ヒアルロン酸■栄養成分表示 1389円 かに由来 脂質:0.09g 主菜 会社名:明治薬品株式会社住所:東京都千代田区外神田4-11-3 いくつになっても元気に趣味のスポーツや外出を楽しみたいものです サメ軟骨抽出物 会社名:明治薬品株式会社 原産国 授乳中の方は医師に相談してください 3 妊娠 宝玉の伝説 エネルギー:15.2kcal コラーゲンを100mgにしょうが末を100mg配合し 当たり 株式会社ファインズファルマ舌古 コンドロイチン含有サメ軟膏抽出物を125g 本品は1日あたりグルコサミンを1 電話:052-893-8701受付時間:月〜土 ■お召し上がり方食品として 陽介 コンドロイチン硫酸含有 電話:0120-53-3451受付時間:9:00〜17:00 文責者名 土 野口医学研究所 9:00〜18:00 デキストリン 食塩相当量:0.0008g お客様相談室 ■主要成分表示 コンドロイチンamp;グルコサミン たんぱく質:0.73g セルロース ストラクチャーデッキ 豚皮コラーゲン 10粒 微粒酸化ケイ素 コンドロイチン含有サメ軟骨抽出物:125mg 健康食品 ■原材料名トウモロコシデンプン 90mg しょうが末 登録販売者 1日に10粒程度を目安に水などでお召し上がりください 還元麦芽糖水飴 ステアリン酸Ca ゼラチンを含む グルコサミン 販売元 連絡先 グルコサミン:1 祝日を除く アレルギーのある方は原材料を確認してください 主食 食事のバランスを 700粒 副菜を基本に お徳用 商品区分 食生活は 開栓後は栓をしっかり閉めてお早めにお召し上がりください 問い合わせ先 体の異常や治療中 1日目安量 ヒアルロン酸:4mgしょうが末:100mg■ご注意
ライオン シュシュット! 植物生まれの消臭剤 ミントの香り 400ml 本体
:325×130×150 4 1714円 10aの少水量散布を実現しました ※送料区分はこちらで確認出来ます ヤマホ 分 一度の給水でより広い面積に散布でき 配送不可の場合も有 日産化学 マックスロード専用設計のラウンドノズルです 今までと同じ水量を給水する場合には ISO 動力用 です 宝玉の伝説 ※複数個商品をご注文された場合の送料は ULV5 用途:除草剤ラウンドアップマックスロード 背負う水量が圧倒的に軽くなりますので経済的です 離島への配送料金は別途見積もり 除草作業の大幅な省力化が可能です 今までと同じ面積を散布する場合には 希釈水5l:10a わずか水5 廃棄は法令等に下端って適切に行ってください 丁寧に扱って下さい カート内では正しく計算されませんのでご注意ください JANコード:4530217105435 セット 本製品のノズルを専用カバーから外して使用しないで下さい 北海道は別途お見積もりとなります R 長さ×高さ×幅mm 製品サイズ 故障 沖縄 内容量:1個 本商品の改造は危険ですので絶対に行わないでください 送料5 また 破損の原因になりますので 強い衝撃等は 除草剤ラウンドアップ 全長:32×13×15cm 離島 となりますのでご了承ください 取付ネジ:G1 専用ノズル ※送料無料の商品でも 0.5MPa ULV5テクノロジーにより 噴出量:0.16リットル 散布幅:約75cm 飛散が多くなったり ノズルからの距離が30cmでの数値 目詰まりによって使用できなくなる恐れがあります ラウンドアップマックスロードの確かな除草効果はそのままに 質量:130g ストラクチャーデッキ 散布跡が白く残るので散布のムラを防げます 適正噴射圧力:0.5MPa こちらの商品の送料区分は ラウンドノズル 商品毎に送料が発生いたします送料合計は追ってご連絡させて頂きます 遊戯王OCGデュエルモンスターズ ツインノズルで空気を混入した噴射液はドリフトが少ない上 製品重量g:130 薬料500ml:10a

| | コメント (0)

ポルポラ作曲《ポリフェーモ》その1

ポルポラ作曲のオペラ《ポリフェーモ》を観た(バイロイト、辺境伯劇場)。

今年のバイロイト・バロック・オペラ・フェスティヴァルの新作である。《カルロ・イル・カルヴォ》は去年が初演だった。

直前まで去年のヴィンチの《ジスモンド》のようにコンサート形式での上演なのか、それとも本格的に舞台も衣装もあるのか気になっていた。実際は、舞台にはいかにもバロック時代の劇場を思わせる遠近法を強調したセットが両脇から張り出しているが、その舞台にオーケストラが乗り、手前で歌手が歌うコンサート形式だった。考えてみれば、数日前には、《カルロ・イル・カルヴォ》であれだけ渾身の演技をしていたレジネバとツェンチッチが《ポリフェーモ》にも出演しているだけですごいことかもしれない。

こちらは演技や衣装がなく、当然モック役もいないので、登場人物はシンプルである。指揮はペトルーでオケがアルモニア・アテネア。

この話は、オウィディウスの変身物語とオデュッセイアからの話が合体している。王(あるいは暴君)のもとに二組のカップルがいる、というオペラの定番に合わせるためにリブレッティスタのパオロ・ロッリがそういう工夫をしたのである。だから、トロイ戦争からの帰還途中のウリッセ(オデュッセウス)が出てくる。

第一のカップル、アーチとガラテアは、初演当時大スターのファリネッリとクッツォーニが歌ったが当日は、カウンターテナーのユーリ・ミネンコとレジネバが演じた。第二のカップル、ウリッセとネレーアは、ツェンチッチと Sonja Runje (メゾソプラノ)。そしてタイトルロールが一つ目の怪物ポリフェーモで、パヴェル・クディノフが演じた。

その日の席はたまたま最前列であったのだが、ここで聴くと歌手の声の音圧がビンビン伝わる。音量が大きければ大きいほど良いという風に考えているわけではないが、事実として言えば、レジネバとクディノフの音圧はすごかった。以前、音量に従って針の振れるアンプを使っていた時に、ソプラノが声を張り上げるとオーケストラよりもピンと針が大きく振れることがあって、マイクが近いせいなのかなどと思っていたが、それもあるかもしれないが、実際、近距離で聴くとこの二人が声を張り上げると耳に刺さるような大音量である。はっきり音圧を感じるのだった。繰り返すが、バロック・オペラで歌手に求めるものは、様式感や様式感を崩さないなかでの叙情的表現であったりして、声が大きければ良いと言いたいわけではない。

話は、一つ目の怪物ポリフェーモ(クディノフ)が、ニンフのガラテア(レジネバ)に横恋慕するが、ガラテアは人間のアーチ(ミネンコ)が好きなのである。それが一組目のprimo uomo, prima donna の歌う役柄、そしてそこにウリッセとネレーアが加わるのだが、ポリフェーモは乱暴なやつで岩を投げてアーチを殺してしまう。ガラテアは嘆き、ジョーヴェ=ゼウスを責める。するとジョーヴェはアーチを川の神に変える。それを感謝するのが有名なアリア「アルト・ジョーヴェ」なのだ。文脈を知って聞くほうがずっと感動的である。一方、ウリッセは知恵者で、ポリフェーモにワインを飲ませ酔っ払わせ、そのスキに目をつぶしてしまう。こうして二組は怪物をやっつけ結ばれ、めでたしめでたしという話である。

通常の暴君プラス2組のカップルが、怪物プラス2組のカップルになっているわけである。カップルも人間ではなくて、ニンフだったりする。例によってポルポラのアリアの作風は様々で、ポリフェーモのアリアはいかにもバスにふさわしいメロディー、音型が出てくる。

役柄にふさわしいアリアが書き分けられているので、それらは実演を何度も聞き込むと、一層明らかになるだろう。今回の上演も配信されているし、CDも来年発売とのことである。

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2021年9月 9日 (木)

マルティナ・パストゥーシュカの室内楽コンサート

ヴァイオリニストで指揮者のマルティナ・パストゥーシュカとその仲間による「王侯の音楽」と題されたコンサートを聴いた(バイロイト、辺境伯劇場)。パストゥーシュカは去年、このフェスティヴァルでヴィンチ作曲の《ジスモンド》の指揮・コンサートミストレスを見事に演じていた。Youtube でVinci、Gismondo (カタカナではダメです)で検索するとバイロイトのではないが、彼女の弾き振りが観られます。

劇場に入ると、先日の《カルロ・イル・カルヴォ》の時とはまったく異なった建物の内側を遠近法を強調した感じのセットが組まれている。翌日のオペラ《ポリフェーモ》のためのセットだと思われる。この日の演奏は5人によるものだったが、カメラが五台、舞台上に二台、客席に三台入っていた。これもひょっとすると翌日のオペラ上演撮影の予行演習を兼ねていたのかもしれない。5人の室内楽を撮影しているのだが、舞台上のカメラ二台には移動をなめらかにする脚がついていた。

プログラムはなかなか凝ったというか、珍しいもので、マクシミリアン3世ヨーゼフ(バイエルン選帝侯、1727-1777)が2曲、Michele Mascitti (um1664-1760) が3曲, Johann Pfeiffer (1697-1761). 

選帝侯の作品があるのは面白いが、先日はバイロイトの辺境伯に嫁いだヴィルヘルミーネの曲が演奏された。Michele Mascitti はこの選帝侯の祖父マクシミリアン2世に作品を献呈していてその中の2曲が演奏された。Johann Pfeiffer はヴィルヘルミーネが弟のフリードリヒ大王から紹介され、長い年月をかけてバイロイトへの招聘に成功し、ここで宮廷楽長となり、ヴィルヘルミーネに楽器演奏や作曲を教えもした。

選帝侯の作品は、洒落た主題が出てきて感心した。カノン風の曲もある。ただし、主題がどう展開するのかなあ、というあたりになってぱっと終わってしまい、あっさりと終わるのだった。プロの作曲家ではないから、手の込んだ部分は省略で良いのかと思う。それを専業というかプロの作曲家の作品と比較するのも一興だった。

当日の演奏メンバーはヴァイオリン2人、ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェンバロ、テオルボ(キタローネと時々持ち替え)。ヴィオラ・ダ・ガンバの心に訴える音色やそれを活かした曲を聴いているとなぜあるときこの楽器が廃れてしまったのか不思議である。

| ミズノ バレーボール 膝サポーター(スーパーロング) 2022年継続モデル [M便 1/2][物流] | コメント (0)

ヘンデル作曲《ユダス・マカベウス》

ヘンデル作曲のオラトリオ《ユダス・マカベウス》を聴いた(バイロイト、Stadkirche).

場所は、町の中心部にある立派な教会である。コンサート形式で、歌手は普通の服(コスチュームではない)。指揮は Bart Naessens. オケはB'Rock ,ベルギーのオケ。合唱がBachPlus こちらもベルギーの合唱団。ユダス(テノール)Benjamin Hulett. ユダスの弟シモン(バス)Pavel Kudinov. イスラエルの女性{ソプラノ)Lucy Crowe の予定が交代した。イスラエルの男性(アルト)はOlivia Vermeulen. 

アリアとレチタティーヴォがあるので、題材は聖書外伝のマカバイ記に基づくとは言え、オペラに近い構成なのだが、やはり教会で舞台なし、衣装なしでやると雰囲気は随分と変わるのだった。一つにはヘンデルの劇音楽でありながら、カストラートを前提としていないので、超絶技巧の曲がない。また、教会で演奏する場合、例によって長い残響があるので、歌詞はほとんど聴き取れない。

バイロイト・バロックのプログラムにはリブレットがドイツ語英語の対訳で掲載されており、かなりの人がプログラムを広げて歌詞を確かめながら聴いていた。僕もそうだ。客席の明かりは落としてないから歌詞を読むのに問題はない。しかし発音を聞き取るのは残響のために至難の業となっていた。あるフレーズが繰り返される場合は例外的にキャッチしやすいのだが。

この曲で思ったことは、これはどんな解説書にも書いてあることだが、この曲の作曲された契機についてである。ジャコバイトの乱、つまり名誉革命でイギリスを追われたジェームズ2世の孫ボーニー・プリンス・チャーリーがスコットランドに上陸して王位を奪還しようと試みたのだが、カンバーランド公爵がこれを打ち破ったことを記念して作曲されたのである。まったくプロパガンダ的あるいは愛国的な政治的な作品である。プロパガンダというと悪いイメージがわく人が多いかもしれないが、これはもともと宣教など思想や宗教を広める意である。プロパガンダにとりわけ悪いニュアンスがこびりついたのはナチスのプロパガンダ相のゲッベルスがあまりに狡猾、効果的、大衆扇動的にこれを用いてある意味で「成功」してしまったことによるところが大きいだろう。

また、戦意高揚や愛国心を駆り立てるための作品なんて、という考えが浮かぶ人も少なくないと思うが、芸術のための芸術という歴史的なパースペクティヴななかでは極端な考えが出てきたのは19世紀後半である。バロック時代には、作品は君主、皇帝、領主あるいはその奥方、あるいはその子供たちの出生、結婚などのために作るというのは、むしろ当然のことだった。聖書を題材にした絵画が、文盲の多かった時代にどれだけキリスト教の教えを広めるのに役立ったかは言うまでもないだろう。

さらに、なかなか複雑な心境にもなるが、プロパガンダのための作品だから作品が優れていないということもない。

ヘンデルの作品に話をもどそう。われわれの感覚からすると結構不思議なのは、この作品のリブレットだ。ヘンデルが自らトマス・モレルに依頼したという。その中身はというと、一言で言えば、ユダス・マカベウスは、異教徒から異教を崇拝するように強要されたが、それに対抗して敵を打ち破ったユダヤ人の英雄なのである。言わば宗教対立のなかの英雄なわけだが、これがどうしてハノーヴァー朝対ステュワート朝の対立のアレゴリーになるかというと、実は理屈は立つ。ハノーヴァー朝がドイツから迎えられたのは彼らがプロテスタントであったからだ。それに対しフランスやがてはイタリアに亡命したステュワート朝は亡命してからは一貫してカトリックである。どちらをユダヤ教に喩えるかは、どちらも理論的には可能なわけだが、ヘンデルの同時代にジョージ2世のもとで暮らす多くの人々にとってはプロテスタントであったわけだ。

18世紀にも宗教改革の余波は、とどろいていたのである。

 

| | コメント (0)

2021年9月 7日 (火)

マッダレーナ・デル・ゴッボのディナー・コンサート

マッダレーナ・デル・ゴッボ(ヴィオラ・ダ・ガンバ)のディナー・コンサートを聴いた(バイロイト、エレミタージュ宮殿)。

バイロイトの中心から五キロほど離れたところに離宮エレミタージュがある。

ディナー・コンサートというものをどうやるのか、ということに興味もあった。主催者や場所によってそれぞれであろうが、今回は、そもそも3回に分かれている(密を避けるためか)。6時の回と7時半の回と9時の回である。

6時の回に行くと、その宮殿のテーブルの並んでいる部屋に案内される。どこで演奏をするのかと尋ねると別棟だという。つまり客が食べながら演奏するのではなく、食べ終わって別の棟というか部屋に移動して演奏会があるのだった。よかった。

一人で座っていると、親切にカールスルーエから来たという紳士が相席してくれ、カールスルーエのへンデル・フェスティバルや今回のバロック・オペラ・フェスティバルについて楽しく話しが出来た。前のことだったので忘れていたが、切符を買うときに、コースを選ぶようになっていて、僕は好奇心からベジタリアン・コースを選んでいたのだが、肉のコースもおいしそうだった。思ったより本格的レストランだったのだ。前菜、メイン、デザートである。

演奏会のある別室は狭いのだが、天上か円錐状(トンガリ帽子状)になっていて、残響音はたっぷり。マッダレーナ・デル・ゴッボのヴィオラ・ダ・ガンバ、アルベルト・ブゼッティーニのチェンバロ。

フランツ・ベンダ(1709ー1786)のソナタヘ長調。ベンダはもともとフリードリヒ大王のもとにいて、王の姉ヴィルヘルミーネの侍女と結婚したというので、バイロイトとゆかりの深い作曲家である。

次が Carl Philipp Emanuel Bach (1714-1788)のソナタト短調。Wq88. 彼もベルリンの宮廷礼拝堂でチェンバロを担当していた。C.P.E.バッハの曲は最近、僕にはとても興味深く響く曲が多い。この日の演奏でも、主題に半音階があり、また途中でヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロの不協和音が何度も鳴る。かと思うとエレガントな世界に戻っていく。この日の作曲家は3人ともフランス革命の直前に亡くなっているが、時代のきしみのようなものをどこかで感じ、それを表現することもあったろうか。などと想像をめぐらすことをうながされる音がある。

最後のCarl Friedrich Abel (1723-1787) ソナタホ短調、WKO150。これも最後の方で、低弦を弓いっぱいに使って鳴らすところが数回あって、単にエレガントとは言えない世界がぬっと姿を現す。アベルは、最後のヴィオラ・ダ・ガンバの名人だったと言われる人で、ロンドンに行ってバッハのもう一人の息子J.C.バッハと出会い、二人でコンサートを催している。そこへ8歳のモーツァルトがやってきて、アベルの交響曲をコピーしたりしている(そのため長らく誤ってモーツァルトの作品と考えられていた)。

わずか3曲からでもヴィオラ・ダ・ガンバのたどった運命や、バイロイトとの関わりがほの見える知的なプログラム構成である。演奏も、優雅なところと、地の底から湧き上がる低音のコントラストは見事で、長く引き延ばす低音など、まさに力業なのだった。

ディナーおよびコンサートに、ラング氏、ツェンチッチ氏も参加していた。彼はバイロイト・バロック・フェスティヴァルの芸術監督でもあるから、歌手としての出番はオフでも、コンサート類に来ているのである。

 

 

| | コメント (0)

シモーネ・ケルメス、リサイタル

シモーネ・ケルメスの 'Canzonetta d'amore'と題するリサイタルを聴いた(バイロイト、辺境伯歌劇場)。

桟敷の一階の一番舞台よりの席。前に述べたように、桟敷は平土間の高さにはなく、その上はバルコニー状になっているので、桟敷の一階は三階くらいの感じである。

ケルメスは Amici Veneziani という彼女が設立したグループを引き連れて演奏した。このAmici veneziani というのは、ヴァイオリン2人、チェロ1人、コントラバス1人、リュート・テオルボが1人の計5人。曲によってこれで十分と言うときもあれば、ヴィヴァルディなどだとややさみしいと感じることもあった。古楽、バロックの演奏に慣れてきても、5人と10人、10人と20人は違う。10数人いればおおむね十分なのだが、会場にもよるかもしれない。

愛の歌と題されたコンサート、前半は

モンテヴェルディ、ジョヴァンニ・バッティスタ・ブォナメンテ、ヘンリー・パーセルなどがはいり、またイタリアに戻ってペルゴレージの《オリンピアディ》の 'Tu me da me dividi'  とヴィヴァルディの《グリゼルダ》の'Agitata da due venti' を歌った。

最後の ’Agitata da due venti' は超絶技巧を駆使する難曲として名高く、youtube などでもバルトリの演奏、さらには、バルトリのパロディを巧みに歌うものまで出てくるだろう。ケルメスも相当がんばって歌っていたと思う。彼女の特徴は、バロックを単にお行儀のよい音楽として奏でるのではなく、ポップス的なスイングやノリの良さを加えるところであろうが、ノリノリのところの切れの良さと、通常の部分の様式美の対照が大事なわけである。彼女の場合、途中でロマン派以降のオペラを歌ったことが影響しているのかは不明だが、様式感がややたがが緩み、アジリタの切れが少し衰えを見せていた。つくづく、アスリートや歌手というのはベストの時期が短い残酷な職業だと思った。

しかしこうした先駆者がいたから、バロック・オペラの難曲の魅力が広く知られ、それにチャレンジする若者が増えたのだ。リスペクトすべき存在であるとも思う。

後半はヘンデルの《ジュリオ・チェーザレ》の'Piangero, la sorte mia'. ヴィヴァルディのソナタ’Follia' 器楽曲、カルダーラのMaddalena ai piedi di Cristo から Pompe inutili che il fasto animate ,これはチェロが活躍する穏やかだが味わい深い曲だった。John Eccles が二曲。

ダウランド、最後がRiccardo Broschi のIdaspe から 'Qual guerriero in campo armato' 。オペラから超絶技巧曲を持ってくると、オケが10人いたらなあと思ってしまうのだったー無い物ねだりとは知りつつも。

アンコールは、ヘンデルのリナルドの Lascia ch'io pianga をゆったりとしたテンポでかなりロマンティックに。

 

 

 

| | コメント (0)

2021年9月 5日 (日)

ドロテー・オベルリンガー「辺境伯の家庭・宮廷音楽」

ドロテー・オベルリンガーのリコーダーを中心としたコンサートを聴いた(バイロイト・辺境伯劇場)

オベルリンガーのリコーダー、オルガ・ヴァッツのチェンバロ、アクセル・ヴォルフのリュートである。オベルリンガーは、インスブルックでテレマンのオペラの指揮をしていた人。あの時も指揮台のところで一瞬だけリコーダーを吹いたけれど、今回は主役である。チェンバロのヴァッツに見覚えがあったのでチェックすると、ヴァッツもヴォルフもテレマンのオペラ上演の際にオケの側で演奏していた人たちであった。

会場は、辺境伯劇場で、ピットには譜面台やチェンバロ(2台)が置いたままで、それとは別のチェンバロが舞台に運びこまれていた。オベルリンガーは、大小のリコーダーを7,8本は持ってきていたように見えた。正確な本数は、平土間からは見えないわけだが、ともかく、曲によって使いわけていた。

3人で奏する曲が多かったが、時に、リュートの独奏やチェンバロの独奏もあった。曲目は、前半がテレマン、クヴァンツ、C.P.バッハ、ヴァイス、J.S.バッハ、ここで休憩。

後半は、アダム・ファルケンハーゲン(1697−1754)、J.S.バッハ、ヴィルヘルミーネ・フォン・バイロイト(1709ー1758.辺境伯夫人であり、フリードリヒ大王の姉、オペラまで作曲している)、J.S.バッハのシャコンヌをチェンバロにMortensen が編曲したもの、Michel Blavet (1700-1768).オーベルリンガーは数曲ごとにコメントをいれながら演奏した。

以前にも書いたが、ここでも強く感じたのは、古楽の笛は身体性が高く(メカニズムに頼る部分がモダン楽器にくらべ小さく)、演奏者の息づかい、タンギングが直に音に反映される。また、演奏者の姿勢の変化や他の奏者との目配せや楽器の上下での合図と言ったものが、観るもの聴くものに音楽の勘所を伝えてくれる面が大きい。だから、観た方がずっと面白く、楽しめる。同じくリコーダー奏者のフセックの演奏を観た(聴いた)時も思ったのだが、オベルリンガーもヴィルトゥオジッシマ、超絶技巧を駆使する。音楽的な聞き所であり、何か曲芸を観ているようなスリリングな感じも同時に味わえる。この目にもとまらぬ指の動きも音だけを聞いているよりは目の前で見るほうがエクサイティングだ。オーベルリンガーは、時には、彼女の長い脚をあげて吹いたりもする。曲の終わりには、一瞬口から笛を離して、その笛をスイングして再び短いフレーズを吹いてフィニッシュということもあり、演奏姿も実に格好いいのだ。こうしたものCDだけでなく、DVD,ブルーレイももっと出て欲しいものである。

| | コメント (0)

«ポルポラ作曲《カルロ・イル・カルヴォ》その2